2008年4月アーカイブ

友人のブログを読んでいると次のような記述があった。

ところが、この会社、残念ながら、業績の方は苦しい状況が続いています。顧客企業の生産拠点の相次ぐ海外移転、更には直近の米国市場の急減速で、OEMや受託加工の引き合いは減少すると共に、受注単価も急落しています。現場での改善活動による製造技術ノウハウの蓄積、品質管理ノウハウの蓄積、納期の短縮努力だけでは、どうにも太刀打ちできない状況まで、既に追い込まれています。いくら現場の技術者や工員の方が優秀で礼儀正しくても、彼らの現状の作業の延長線上では、「生き残り策」は見出せないように思いました。

こういうことは、企業であるか個人であるかにかかわらず、他でもたくさん観察される事例だと思う。真面目に仕事をするだけではダメ。一生懸命に仕事をするだけではダメ。誠実に仕事をするだけではダメ。品質が優れているだけではダメ。知識がたくさんあるだけではダメ。長時間仕事をするだけではダメ。

一方で、人間としての出来や企業姿勢に問題があっても、知識が全然なくても、経験が乏しくても、やっていることのレベルが高くなくても、大して一生懸命やっていなくても、成功し大もうけしている人たちというのも、それなりにたくさん見かける。

結局、企業や個人の能力や態度よりは、ポジショニングが重要なのだろう。正しい方向に向かって、正しい方向で努力をしなければ、成功に近づくことはできない。高学歴で優秀な人間をたくさん集めても、コンサル出身のできる人間をたくさん集めても、パートやアルバイトを低賃金でこき使っても、儲からないものは儲からない。選んだ事業のスジが悪ければどうしようもない。僕は、この実も蓋もない現実を受け入れられるようになるまで、かなり時間がかかった。

学生のころ経営学で勉強したマイケル・ポーターの戦略論の意味を、それから10年もたった今頃になって、改めて実感している次第。

ちなみに、そんなに能力が高いわけではない僕がお金を稼いで生活することができるのもポジショニングのおかげ。規制によって守られた業界で仕事をしているからだ。それもあと1年くらいしか通用しないから、ちょっと焦らないといけないのだけれど。

そんなことを考えていたところ、サイバーエージェントの藤田社長によるアメーバ事業についてのインタビュー記事の次の部分が気になった。

 アメブロ以外でも重要な新規事業案件はありますが、我々はメディア企業として成長したいのです。これほど影響力を持っていて、収益性が高い商売は他のどの産業を見渡しても見当たらないですから。

サイバーエージェントの成長戦略のひとつは、影響力が強く、収益性が高い商売として美味しいメディア企業というポジションを目指すことのようだ。メディア企業というポジションが美味しいのはだれもが認めるところだと思うが、その美味しい状況はこの先もずっと続くのだろうか?

典型的なメディア企業としてはテレビ局なんかが該当すると思うが、テレビ局の高収益性とその従業員の高給ぶりはよく知られているところである。では、その美味しい状況は何によってもたらされているのかといえば、電波という超希少な資源を数社で独占しているというポジショニングによってもたらされている。仮に、電波帯の利用が無限に可能であって、放送事業への参入が無限に可能な状況であったならば、テレビ局があんなに美味しい状況を享受することはできないだろう。

そうだとすると、電波という参入障壁がないインターネットの世界でメディア企業というポジションを確保しても、そのポジションから得られる果実は美味しいのだろうか、そしてその美味しさは永きに亘って護ることが可能なものなのだろうか。そう考えると、ネット企業であるサイバーエージェントがメディア企業を目指すというのは、どうなのかなぁと素朴に疑問を感じてしまう。

と、まあ、戦略=ポジショニングということを書いてみたが、それだけでは説明がつかない事例というのも存在する。例えば、ウォルマートの存在はどうやって説明すればよいのか?同社は、ディスカウント小売業界にポジションをとっている。ディスカウント小売業といえば、非常に低い粗利、多数の競業企業、価格に関する顧客からの厳しいプレッシャー、労働集約的なオペレーション、多店舗展開に必要となる償却費、賃料、光熱費など、想像するだけでうんざりしてくるような典型的な儲からない業態だ。

これに関する答えとしては、戦略の意味をポジショニング以外の要素に求める必要があるのだが、これも経営学で出てくる内容だ。これについては、そのうち気が向いたら書くかもしれない。
ある人から教えてもらってびっくりしたのだが、USENの2008年8月期中間決算短信にかなり気になる記述がある。

それは、リスク情報に「のれんの償却について」(13ページ)として載っている次のような記述だ。

また、個別財務諸表において、株式会社インテリジェンス株式に対して、投資損失引当金(33,967百万円)を計上しており、今後の市場価格の動向によっては、のれん残高について相当の減額を行う必要が生じる可能性があり、当社グループの業績及び財務状態に重大な影響を及ぼす可能性があります。

え?どいういうこと?

さらには、中間決算説明会資料には次の図が載っている。(なお、スライドタイトルは僕が追加したもの)



ギャガ・コミュニケーションズとUCOMについては、個別決算上は関係会社株式評価損で連結決算上はのれん減損損失という扱いだ。一方で、インテリジェンスについては個別決算上は投資損失引当金で連結決算上は何ら手当てされていないようだ。

上記のスライドに会社は次のような説明文をつけている。

連結・単体決算上計上する一時費用の大部分は、ノン・キャッシュ費用であり、株式市場全体の混乱に伴う評価減や棚卸資産評価損の早期適用によるもの。

そして、インテリジェンス株の評価減に関して「子会社株式評価損」ではなくて「投資損失引当金」を使っているところもポイントだろう。

推測だが、おそらく以下のような理屈付けをしているのではないだろうか。

個別決算上の扱い
・論点は、金融商品(時価のある子会社株式)の評価
・子会社株式は基本的に原価評価だが、時価が著しく下落しているので評価減を行わざるを得ない
・ただし、時価の下落はインテリジェンスの株式の実質価値が下がったためではなく、「株式市場全体の混乱に伴う」ものだから、子会社株式評価損ではなくて投資損失引当金として処理する。科目名を変えているのは気分の問題?

連結決算上の扱い
・論点は、のれん(無形固定資産)の評価
・株価の著しい下落は減損の兆候にあたるので、減損テストが必要
・インテリジェンスの事業計画に基づいてのれんの評価をしたところ、将来キャッシュフローによるのれんの回収は十分に可能であり、減損の必要はない。

実際にリアルなビジネスに携わっている宇野社長(USEN)や鎌田社長(インテリジェンス)からすれば、真剣に作りこんでいる事業計画の妥当性について自信を持っているだろうし、株式市場の気まぐれでそれを否定されたくはないのだろう。おそらく、インテリジェンスの事業計画の妥当性を守りたいという想いと会計ルールとの狭間で、ギリギリの選択として行なわれたのが今回の処理なのだろう。

しかし、とてもシンプルな疑問が浮かんでくる。個別決算と連結決算で同一項目の会計処理が異なるという、直感的には理解しがたい処理を容認してしまってよいのだろうか?

また、監査法人の態度が気になる。一応、建前では短信は監査対象ではないので、半期報が提出されるまで、どうなるかわからないところはあるが。。企業側の意思と会計ルールとの板ばさみになり、結構しんどい立場に追い込まれてしまったのではないだろうか。ある意味では勇気がある。

事実誤認がありましたら、ご指摘いただければ幸いです。
先日、その数学が戦略を決めるという本を紹介し、数字を正しく読んだり、数字を使って考えたり、意思決定したりすることの重要性について触れたが、今日は、数字を正しく解釈することの難しさについて触れてみたい。

下記の問題を見てみて欲しい。

ある町において、タクシーの15%は青色で85%は緑色である。ある日、タクシーによるひき逃げ事件が起きた。1人の目撃者によると、犯人は青色のタクシーであるという。ところが現場は暗かったこともあり、目撃者が色を間違えている可能性もある。そこでこの目撃者の証言がどれくらい正確かを同様の状況下でテストしてみたところ、80%の場合は正しい色を判別できるが、20%の場合は実際の色とは逆の色を言ってしまうことがわかった。さて、証言どおり青色のタクシーが犯人である確率はどれくらいだろうか。

さて、どうだろうか。「80%の確率で正しく判別できるのだから、80%の確率で犯人だ」と考えたのなら間違いだ。次のように場合わけをして考える必要がある。

1.青が犯人で、目撃者が青と証言する確率:15%×80%=12%
2.青が犯人で、目撃者が緑と証言する確率:15%×20%=3%
3.緑が犯人で、目撃者が青と証言する確率:85%×20%=17%
4.緑が犯人で、目撃者が緑と証言する確率:85%×80%=68%

目撃者が青色と証言したのはケース1とケース3である。そして、その目撃者の証言が正しいのはケース1だけである。したがって、証言が正しい確率を計算すると次のようになる。

ケース1÷(ケース1+ケース3)=12÷(12+17)=41.38%

と、実は目撃者の証言が当てになる確率は半分もないことがわかる。

当然だが、この問題は僕が考えたものではない。ここに載っているとおり、確率論の一分野の問題でこのタクシーの例題は有名なものらしい。

普段、己の数字に対するリテラシーを過信してしまいがちになるが、数字を正しく解釈することは難しい。一歩立ち止まってちゃんと考えることが必要だ。また、世の中には、数字から意図的に誤った解釈を作る者もいるから注意する必要がある。
今日、僕個人の大口顧客に諫言をした。

しかも、かなりきつい口調で、相手にあまり逃げ場がないようにガチガチに理論構成した言葉をぶつけた。これを言うかどうかは、週末の土日の間、ずっと迷っていた。独立して細々と仕事をしている僕にとって、お客さんに嫌われるかもしれない発言をするには勇気が必要だ。

いろいろ考えた結果、まっすぐに痛々しいほどの正論をぶつけることにした。僕は不器用なので、こいういうときに要領よく丸く収めるような立ち振る舞いをするのが苦手だ。なので、徹底的にまっすぐな正論を、大きな声で(物理的ににじゃないよ)、裏表のない態度で言うことにした。そうすることが言葉に最も強い力を与えてくれる。30歳も過て今更青臭い議論をするような年でもないのだが、年をとって物分りがよくなることと倫理観を曲げることは同義ではないだろう。

諫言をすることによって僕が護りたかったものは2つある。ひとつはその顧客が長期的な成功を遂げること、もうひとつは僕自身が職業的専門家としてよって立つところだ。企業が長期に亘る成功を達成するためには、ビジネス・エシックスが必要不可欠だ。そして、僕が今後も職業的専門家として仕事を続けていく限りは護らなくてはならないものがある。

その件についての顧客側の対処方針はまだ決まっていない。顧客の経営者が気分を害せば、僕はその顧客の仕事を失う可能性もある。まだ最終的にどうなるかはわからないけど、仕事を失ったとしても後悔することはないだろう。大切なものを護ったのだから。清々しく生きてゆくことができる。


(追記)
後になって気づいたのだが、今回の行動は今年の年初にパートナーたちと温泉合宿をして考えた行動指針に沿ったものだ。

清く 楽しく 自然体。

この短い言葉の中に、理念、価値観など僕らの万感の想いが込められている。今後も行動指針を大切にし、迷った時はに立ち戻って判断したい。


(追記2)
結局、顧客側は僕の意見を受け入れてくれました。仕事が続くかどうかは別問題ですが、とりあえずホッとしました。
内部統制報告バイブル―経営者と実務家のための内部統制ガイダンス


タイトルにあるとおり、経営者および内部統制報告に係わる仕事をしている実務家がバイブルとして傍らに持っておきたい1冊。日本の職業会計人の中でも、内部統制報告に最も精通した人達が書き下ろした渾身の1冊でもある。

大変なボリュームの本であるが、諸事情から発売日よりも少し早く入手できたので読み終えることができた。僕は立場上、どうしても贔屓目に見てしまうのだが、それを考慮したとしても期待以上に素晴らしい内容だった。

特に優れているのが、「第Ⅰ部 会計監査の歴史と内部統制報告制度の変遷」の部分だろう。会計の起源や会計監査の歴史、内部統制報告制度の変遷などがコンパクトに解説されている。企業経営者や内部統制報告に係わる実務家の多くは、いわゆるJ-SOXについて、突然法令によって強制されることになった天災(あるいは特需?)のように捉えている方々が少なくないのではないかと推測されるが、本書を読むと、現在が過去から連綿と続く歴史の延長にあるということがよくわかる。

現行の制度が、どのような歴史的経緯の下に成立し導入されているのか、そういう背景知識を持っているのといないのとでは、概念及び制度に関する本質的理解の程度が全然違ってくる。そして、本質を見極めることは、ものごとを効率的、効果的に進めていく上で必要不可欠であるという意味で、企業経営者や内部統制報告に係わる実務家の方々に、本書の第Ⅰ部だけでも読んでみることを強烈にお勧めしたい。若干、高価な本ではあるが、各企業が内部統制報告制度へのために確保し、費やしている莫大な予算からすれば、微々たるものだろう。

また、せこい話になるが。本書に載っているような、会計監査の歴史と内部統制報告制度の変遷を、例えば、コンサルの人がクライアントとの雑談の時に話のネタとして披露したり、企業で実務に携わっている人が経営者に説明する時に引用したりすると、周囲の評価が上がるような場面もあるだろう。そういうネタ本としても使える。

さらに、本書には、内部統制概念に関する基本的な枠組みの説明から、IT統制の評価や内部統制監査に至るまでの実務的な内容まで全てが網羅されている。そして、実務で使えるような書式集までが付録として用意されている。歴史的な背景から、実務で使えるテンプレート集まで揃った本書は、まさにバイブルである。

なお、本書の構成は次のとおりである。

第Ⅰ部 会計監査の歴史と内部統制報告制度の変遷
 第1章 会計の起源と発展
 第2章 会計監査の歴史
 第3章 内部統制報告制度の変遷
 第4章 COSOの内部統制フレームワークと米国SOX法
 第5章 わが国における内部統制の展開
 第6章 新しい潮流
第Ⅱ部 内部統制の基本的枠組みと財務報告に係る内部統制の評価
第Ⅲ部 基本的計画の策定と全社的な内部統制の評価
第Ⅳ部 決算・財務報告に係る業務プロセスの評価
第Ⅴ部 IT統制と業務プロセス統制の評価
第Ⅵ部 財務統制に係る内部統制の監査
その数学が戦略を決める


数字をちゃんと読むだとか、数字を使って考えたり、意思決定したりというのは、こういうことなんだというのを具体的でわかりやすい事例を踏まえて解説、また、その有用性を啓蒙する本である。

Don’t bet against the internet.  ─ Eric Schmidt
「インターネットが負けるほうに賭けるな。」エリック・シュミット


上記はグーグルのCEOエリック・シュミットの名言であるが、本書を読んで僕が勝手に考えたのが次のフレーズ。

Don’t bet against super crunchers.
「絶対計算が負けるほうに賭けるな。」


絶対計算者達は、ワインの値段を方程式で予測し、興行成績を極大化する映画の脚本を提案し、最も効果的に小学生を教育する授業手法を脚本化し、医療現場での死者数を劇的に減らす「根拠に基づく医療」を提唱し、社会厚生を極大化する政策を選別する。

本書を読みすすめると、これでもかこれでもかというくらいに、絶対計算の優位性が説明されている。そして、絶対計算に生理的な嫌悪感を抱く専門家達は道化のように愚かな姿で登場する。絶対計算には、もちろん限界がある。それでも、曖昧な勘や経験ばかりでなく、数字という根拠に基づく行動と意思決定が、優位になる場面は増えていくことだろう。仮に、世の中の大半が絶対計算を受け入れないのなら、絶対計算を利用する少数派はより美味しい思いをできるだろう。市場の歪みを利用する裁定取引を行なっているようなものだ。

本書は絶対計算の優位性を啓蒙するばかりではなく、読者が数字を正しく読むための入門的知識も紹介されている。すなわち、本書の最終章では、正規分布や標準偏差といった概念の説明と、その応用の仕方が解説されている。

最後に、本書の優れている点として、とても読みやすいということを挙げておく。本書全体に亘って、具体的な事例が豊富に紹介されているので、とてもイメージしやすい。また、各章の最後につけられているポイントのまとめは、各章の要点を理解するのに役立つ。そして、山形浩生氏による日本語訳はとてもこなれている。

(追記)
数字を正しく読むことの事例については、拙エントリも参考にしていただければ幸いです。

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